インプラント症例:1000本以上の実績のある徳島市のカマタ歯科クリニック

院長プロフィール

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■カマタ歯科クリニック 院長 鎌田賢介

略 歴

昭和24年12月27日、徳島県徳島市両国橋出身。
広島大学歯学部卒業後、東京・日本橋福本歯科勤務、昭和57年、東京都内にて開業。
昭和63年、徳島県徳島市にて「カマタ歯科クリニック」開業。

カマタ歯科クリニック 院長 鎌田賢介

■鎌田院長プロフィール

生まれも育ちも徳島市両国橋、そうまさにこの地(カマタ歯科クリニック)で小学校3年生までいました。小さい頃は、この辺の路地裏を走りまわっていました。
その後、城南町に住んでおりました。県営住宅の横です。家の周りは今でこそ住宅地ですが、以前は野原の中に数えるほどの家でした。
昭和24年12月27日生まれなので、バリバリ団塊の世代です。
童顔と多少小太り体型なので、年より若く見えるとよく言われ、得をしています。
家族は妻、子供3人、(男1人女2人)ハムスター1匹です。

■私の大学1年生の頃のエピソードを!

私の大学受験、入学の年は東大紛争があり、安田講堂が陥落、大学紛争が全国に飛び火し、その結果、東大の受験が中止されたりと、いろんな混乱がおき 大変な年でした。私が入学した広島大学でも学校は中核派に占拠され、授業も行えない状況でした。
9月まで全く授業はなく、バリケードの中で同級生と顔をあわせては愚痴る日々でした。もっとも、膨大な自由時間ができ読書三昧(マンガから専門書まで)に過ごす日々でもありました。
8月になり夏休みで帰省した時、母が
「テレビで広島大学のことをやってるよ。」
と言うので画面を見ると 安田講堂と同じように 火炎ビンを投げ学生会館が炎上、それに機動隊が放水する様子が映し出されていました。結果、占拠学生は排除され九月から授業が開始しました。 1年生は半年で1年分のカリキュラムを仕上げたような状態でした。
まあ、慌ただしい1年目の学生生活を送りました。

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歯科医を志したきっかけ 「私の祖母は、総入れ歯でした」

あれは私が中学2年生の、むし暑い夏の夜のことでした。いつものように塾から帰り、祖母の部屋をのぞくと、祖母は、蚊帳をひろげた真っ暗な部屋のなか、ひとりで当時まだモノクロだったテレビに見入っていました。
「ただいま」と声をかけると、祖母がふりかえりました。

そのときです。私は、祖母の顔を見て、心臓が止まりそうになりました。
祖母の口元は陥没し、げっそりと痩せこけ、くぼんだ頬。生気がなく、まるで幽霊そのもの。いつもの祖母ではない、恐ろしい形相に、血の気が引いていくのを感じました。

祖母は、いつも入れていたはずの総入れ歯を、はずしていたのです。
私は、祖母が総入れ歯であることを、それまで知りませんでした。祖母は、私の顔を見て「しまった」という表情になり、あわてて私に背中を向けました。そして、入れ歯を入れて、もう一度ふりかえり、「おかえり」と一言。
その時の祖母の不安げな表情を見て、私はショックから一転、とても悲しい気持ちになりました。「あるはずのない体の一部が、欠けている」というおぞましさ。それを見せてしまったときの祖母の気持ち。見てしまったときの私の衝撃。いまでも忘れられません。
私はその後、歯学部に進学し、祖母のために「なにかもっといい技術があるはずだ」と考えるようになりました。
いま思えば、昨今に至り、インプラントを極めるきっかけになっているのは、この体験だったのだと思います。

祖母は、残念ながら在学中に亡くなってしまい、インプラントを施すことはできませんでした。しかし、現在も、私の歯科医としてのテーマは、「入れ歯をなくして、自分の歯で噛む感覚を取り戻していただくこと」…つまり、『入れ歯撲滅運動』なのです。

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昭和63年、生まれ育った徳島市両国橋に開業して22年

徳島市両国橋に開業して22年

生まれ育った徳島を出て、広島大学歯学部へ進学し卒業後は、母校の第1口腔外科に3年所属し、その後東京・日本橋の福本歯科医院で働きました。その後、都内で小さな歯科医院を開業しましたが、6年後、実家の母が大病を患ったことがきっかけで、徳島へと戻りました。
昭和天皇が崩御される前の年、昭和63年。私は、生まれ育った徳島市両国橋で現在のカマタ歯科クリニックを開業しました。
開院当初のスタッフは、受付1名、助手2名、そして私という最小人数。患者さんはご近所の方ばかりで、治療内容も現在とはちがって、むし歯などの保険治療が中心でした。
その後、ある出来事がきっかけとなり、インプラントを中心とした治療方針に変わりました。開業9年後のことでした。

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インプラントをはじめたきっかけ 「歯医者なのに、なにもできないのか…」

私がインプラント治療をはじめたのは、今から15年前になります。
きっかけは、義理の姉が重度の歯周病に犯されたことでした。

インプラントをはじめたきっかけ


当時の義姉は、30代半ば。人生まだまだこれから、という時期に、重篤な歯周病に犯され、歯が次々と抜け落ちていったのです。当時、歯周病に対する有効な治療方針は確立されていませんでした。私は、「なんとかしてあげなければ」という一心で、歯科医として当時の自分が持ちあわせていたすべての力を投入し、なんとか義姉の歯周病を食い止めようとしました。しかし、だめでした。一年もたたないうちに、義姉の歯は、一本をのぞいて全滅。非情にも総入れ歯になってしまったのです。
義姉の悲劇は、それだけに終わりませんでした。入れ歯を口内に入れると、その入れ歯が異物と見なされ、「オエッ」と吐き出してしまう「嘔吐反応」が起きたのです。入れ歯は落ち、義姉はほとんど食べ物が食べられず、げっそりと頬が落ち、見ていて本当につらい姿となってしまいました。手詰まりでした。
「賢介は、歯医者なのに、なにもできないのか」
家族や親戚からのこのような言葉が耳に入ったこともありました。
私は、歯科医としての無力感にとらわれました。
インプラントの師、小笠原先生と出会ったのはこの頃でした。

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インプラントで人生を取り戻した患者様の思い出

◆食べるよろこび

「もう一度だけ、お茶漬けで、たくあんをポリポリと食べたい…」

私が、インプラントにのめりこむきっかけとなった女性、Tさんとの出会いをお話いたしましょう。
Tさんと出会ったのは、今から15年ほど前、インプラント修行をはじめてまだ3年目のことでした。当時68歳のTさんが診察室に入ってこられたときの姿は、いまでもはっきりと目に焼き付いています。

娘さんに抱きかかえられるようにして、よろよろと歩き、顔は真っ青、貧血状態で息も絶え絶え…見るからに死期の近づいた老婆、といった様子でした。Tさんと娘さんから、お話をおうかがいして、私はさらに驚きました。
なんと、Tさんは、歯が抜け落ちて入れ歯になってから、食べ物がほとんど食べられなくなり、そのまま10年間も苦痛に耐えて過ごしているというのです。

原因は、入れ歯によるアレルギーでした。口内がはげしく痛み、唯一、口に入れられるものは、とろとろのおかゆだけ。噛めない、痛い、食べられない。そして、Tさんの発した言葉に、私は胸をしめつけられました。
「先生さぁ、私なあ、もうこの年になって何も望みはないんです。ただ、死ぬまでにもう一度だけ、お茶漬けで、たくあんをポリポリと食べたい…それだけが望みなんです」
この言葉を聞いて、私はなんとか、Tさんに、人間としての幸せを取りもどしてあげたい。私は、そう決心し、治療に入りました。

Tさんに残されていた歯は、上が2本、下が3本。困難な手術になるかと思いましたが、Tさんは昔ながらの食生活の堅実さから、骨がとても豊かで頑丈な作りになっていたことが功を奏し、手術はうまくいきました。6ヵ月をかけて、上下27本のインプラント治療を行った結果、すぐに仮歯が使えるようになり、Tさんは再び食べ物を噛むことができるようになりました。

涙を流して、たくあんが噛めるようになった、とお話いただいたときには、本当にうれしく、胸が熱くなりました。
Tさんとの出会いは、私がインプラント治療にのめりこむ転機となりました。
Tさんは、80歳を過ぎた現在もお元気に生活されていらっしゃいます。3ヶ月に一度、健診にいらっしゃるのですが、見違えるようにふくよかになられ、「太りすぎて、今度はひざが痛いのよ」などと幸せそうに笑っていらっしゃいました。毎日、畑でキュウリやなすの季節の野菜の世話をして、ご自分でもおいしく召し上がっているそうです。そして定期検査のたびに野菜を持ってきてくれます。
人間の幸せは、死ぬ直前までおいしく食べられること。
そのためには、入れ歯では限界がある。やはりインプラントをメインに研究するべきだと、再認識させられたケースでした。



◆入れ歯撲滅運動

義歯の一部「先生、入れ歯がね、飛ぶのよ」

Kさんは、60歳前後の女社長でした。シャキシャキと診察室に入ってこられたKさん、開口一番、こうおっしゃいました。
「あのね、先生。入れ歯がね、飛ぶのよ」
なんのことかわからず、ぽかんとしていると、Kさんは詳しくお話ししてくださいました。
Kさんは、趣味で合唱団に入っておられるのですが、力をこめて発声した際に、入れ歯が飛び出して、みんなの前で大恥をかいてしまったというのです。
それは大変。笑い事ではありません。
さっそく診察すると、奥歯がほぼない状態でした。しかも、入れ歯のサイズがKさんの口内にまったく合っていませんでした。削りすぎて、ブカブカなのです。さらに、入れ歯の裏側には黒カビが生えており、衛生的にも決して良いとはいえない状態でした。
「先生、この入れ歯は汚いでしょう? 口臭が気になるしね、噛みづらいしね、お友達みんなと外食すると、とっても食べづらいし、恥かしいのよ。おかげで、いつも丸飲み状態なの」
Kさんは、お元気に話されてはいましたが、現実の入れ歯を見れば、その悩みの深刻さは一目瞭然でした。

Kさんのように、入れ歯のサイズがあわないために、本来の咀嚼力(噛む力)を失っている方はたくさんいらっしゃいます。咀嚼力を計測してみると、本来の6分の1程度までに落ち込んでいることも珍しくはありません。これでは、食べ物が丸飲みになるのも当然。消化にも悪く、体に負担もかかります。なにより、ストレスになります。
Kさんには、週に1度通っていただき、4ヶ月をかけてインプラント治療を行いました。結果、奥歯がすべてよみがえり、もちろん、入れ歯は不要となりました。
「発声しやすくなって、思いっきり歌えるようになったわ。入れ歯のわずらわしさがなくなって、みんなと食事に行っても恥をかかないから、つい食べ過ぎちゃってね」
私は、Kさんにお願いして、それまで使っていた入れ歯を記念にいただきました。
黒ずんだ、飛ぶ入れ歯。それは、私の戦利品でした。
―「入れ歯撲滅運動」――こんな言葉が、頭に思い浮かんだ瞬間でした。

女性にインプラント治療を行うと、目に見えてはっきりとわかる変化があります。
肌ツヤがよくなり、きれいになるのです。噛む力を取りもどすことにより、頬の筋肉がよみがえり、ハリが出るからです。そして、なにより、ストレスから解放され「自分で噛む感覚」から、ますます生きる力が湧いてくるのでしょう。



◆ある整体師との対決

4時間におよぶ治療説明で、両者、クタクタ!

4時間におよぶ治療説明で、両者、クタクタ!

開業当初は、近所の患者さんばかりでしたが、インプラントに特化した治療方針になってからは、他県からもたくさんの患者さんがいらっしゃるようになりました。
Mさんも、そのおひとりでした。香川県から1時間半かけて通われた、50代の男性。ご職業は、整体師です。

Mさんは、過去に、地元の歯科医院でインプラント治療を受けようとされたのですが、その歯科医院の対応に納得できなかったとおっしゃいました。
「前の歯科医は、何本植えます、という話だけ。それでいきなり『400万円かかります』なんて言われて。エーッと思いましたし、それじゃあ、納得いきませんからねえ…」
インプラントの世界では、このようなトラブルがとても多いと言われています。保険適用外のインプラントは、ただでさえ高い治療費になるにも関わらず、責任説明を果たさない場合が非常に多いのです。そのため、歯科医を信用できなくなる患者さまが後を絶ちません。

カマタ歯科クリニックでは、このような事態をふせぐために、事前に入念なカウンセリングを行います。そして、「どんな悩みをお持ちなのか」「歯が現在どのような状態なのか」「なぜインプラントが必要なのか」「ほかの治療法の可能性はないのか」などを、しっかりと把握してご説明させていただきます。患者さまが納得されない場合は、治療は行いません。

診察の結果、Mさんの場合は、まず歯周病とむし歯を治療し、口内の土台をしっかりさせてから、上5本、下14本のインプラント治療を行うのがよい、という結論になりました。
しかし、ここからがMさんのすごいところ。
「なぜこの位置にインプラントを植えるのですか」
「インプラントには、どのような金属を使っているのですか」
「歯を抜いたあとに、すぐインプラントを植えて問題はないのですか」
「なぜ、この歯は残せると言い切れるのですか」
Mさんは、すっかり歯科医不信に陥っているようでした。私は、Mさんの質問攻めに、ひとつひとつていねいに解説させていただきました。それが、Mさんと信頼関係を結び、Mさんの不安や歯の悩みを解消するために必要なことだったからです。
そうして気づけば、診療終了時間を大幅に過ぎて、深夜の23時。なんと、カウンセリングは4時間(!)にもおよんだのです。私もクタクタになりましたが、Mさんも、クタクタでした。
その後、Mさんは治療を受け、快適な生活を取り戻した、とのお声をいただきました。
歯だけではなく、腰痛も改善されたそうです。整体師というご職業柄、力を入れて噛みしめる作業が多かったのでしょう。入れ歯ではムリがあったでしょうから、インプラント治療を受けていただくことができ、本当によかったと思います。

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歯科医 鎌田賢介のこだわり

「自分の歯で噛む」という治療の選択を、みなさんに伝えたい。

「自分の歯で噛む」という治療の選択を、みなさんに伝えたい

「自分の歯で噛む」という治療の選択を、みなさんに伝えたい私は、患者さんにいつもこう言います。
「入れ歯を1本入れたら、あとは、総入れ歯になる道しかないんですよ」
この言葉には裏付けがあります。
みなさんは、上下の歯が一日に何回噛み合っているのかをご存知でしょうか。
実に、2000回です。そこに、例えば1本分の入れ歯を入れるとしましょう。入れ歯を使用されたり、見たことのある方ならご存知だと思いますが、入れ歯を固定するためには、隣り合わせた健康な歯にフックをひっかけることになります。すると、そのフックは、歯が噛みあうたびに、つまり、一日2000回にも渡って、隣の健康な歯に負担をかけることになるのです。まるで、栓抜きのような動きで…。
そして、隣り合わせた歯はどんどん抜けてゆき――みなさん、ほとんど同じこのパターンで、総入れ歯になってしまうのです。
そう、最初の1本をはじめた時点で、そうなる結果は、見えていたのです。
だから、私は、安易に入れ歯をすすめる歯科医にはなりたくない。インプラントを極め、「自分の歯で噛む」という治療の選択を、みなさんに伝えたい。
私は、このような思いで、ずっとインプラント治療を続けています。
インプラントを極めるためには、技術と品質、経験が大切です。
それまで入れ歯の苦痛に耐えてきた患者さんが、「おいしく食べるよろこび」を取りもどし、そのよろこびを末永く感じつづけていただくためにも、クオリティの高い確実な材料を選びます。
そして、痛みや苦痛が少ない確実な技術で手術を行うために、日々精進をします。
それが、医療としての責任であるからです。

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これからインプラントを考える方へ

私が、未来の患者さんにお伝えしたいことは、
とにかく、歯科医を質問攻めにしてください」ということです。

患者さんと向き合うときに、一番大切なことは、信頼関係を築くことだと考えています。
カマタ歯科クリニックで200本してみて、わかったことは、

患者さんに必要なことは、

 「どんな手術法を行うのか」

 「どんな技術があるのか」

といった方法論ではなく、

 「なぜ歯を失うのか」

 「この歯科医院に任せて大丈夫なのか」

 「高いお金を支払って、どのぐらい噛めるようになるのか」

といった、不安の解消であるということです。

歯科医は、歯だけを見ていてはなにも解決しません。じっくりとお話をうかがい、その人によって、何が悩みなのか、どうすればその悩みが解けるのかを知りたい。
ですから、これからインプラントを考える方は、ぜひ、ご自分が納得のゆくまで歯科医に質問をしてほしいのです。

「先生は絶対だから」「先生に悪いから」などという理由で、ドクターにやさしい方は多いです。しかし、インターネットなどで情報が得られるようになったいま、ぜひ、患者さん側からも、インプラントについての知識を身につけて、歯科医師を選択する目を持っていただきたいのです。
そして、満足のゆくまで相談し、それに対してきちんと答えてくれる歯科医を見つけてください。どうか、賢い選択をして、おいしく噛める、楽しい人生を手に入れてください。

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